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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)9862号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判決理由】(証拠―省略)によれば、二重偏心カム装置自体及びこれを工作機械の移動部分に単一方向の送りを与えるために使用することは本件特許出願前(いずれも成立に争いのない甲第一号証本件特許公報及び甲第二号証によれば、工業所有権戦後措置令による優先権主張日は昭和十八年七月十三日であることが認められる)既に公知であつたが、これら公知例においては、二重偏心カム装置は単に機械の移動部分の往復行程を伸縮するか、あるいは揺動腕の揺動角度を増減するために使用されたものであり、また、偏心カム機構において従動子の変位がある時期には加速的に、ある時期には減速的に行なわれることを説明するものがあつても、それは機構上の特徴として解説されているにすぎないことが認められる。成立に争いのない乙第十三号証の一、二によれば、二重偏心カム装置を可変的な横送りを与えるために使用した事例が認められるが、これは機械の移動部分に単一方向の送りを与えるものではないないから、右認定を覆す資料とはなりえず、他にこれを左右するに足る証拠はない。

しかして、右認定事実に、当事者間に争いのない前記特許請求の範囲の記載、前掲本件特許公報中の「本発明は工作機械の工具支持器の如き移動部分に単一方向の送り運動を与える回転カム装置に関するものにしてカム装置の角変位量の増加分に対する送り変位量の増加分の比を運動の進行に伴ない漸減する法則及全送り行程を随意に変化せしむるようにしたものである」「本装置は従来斯種の一般公知の装置に比し次の点に於て異なる即ち軸は連続回転して偏心帯金又は共動部に往復又は揺動運動を与え軸と駆動関係にある他の部分の運動に対する移動範囲及位相は偏心盤相互並に軸に対し偏心盤を適当に調整する事により又軸の一部回転を利用して追従部の全送り運動を為し得即ち偏心盤の調整に応じて追従部を最初の位置より最終位置に進め得る利点がある。」「本発明の重要なる用途は特に螺糸切旋盤の工具支持器の送り運動の調整である(中略)此機構は順次の切削間カム装置は等しき角度丈進められたカム機構より加えられる正弦的送り特性により工具の送りを漸減せしめ此種の加工品に必要なる逓減的深さの順次の切削を行ふ」「第2即ち外側偏心盤を調整すれば全体の送り量従つて全切削深さを定め得ると共に第1即ち内側偏心盤の調整を変更する事により最初の荒削りの深さと最後の仕上り削りの深さとの比を随意に選定し得(中略)又他方加工要求例えば機械加工すべき材料の物理的特性に合する様に平均切削深さを変更せしめ得」との記載、(証拠―省略)を合わせ考えれば、本件特許発明の実質は、二重偏心カム装置として公知の機構が有する作用のうち「カムの角変位量の増加分に対する送り変位量の増加分の比が運動の進行に伴なつて漸減する」部分を工作機械の工具台及び機械の同様の移動部に単一方向の可変的送りを与えるという新しい用途目的に使用するところにあり、その構成に欠くことのできない事項は、

(1) カム軸上に第一偏心盤を取り付けること、

(2) 第一偏心盤上に、カム軸心を通ずる直線に沿い第二偏心盤によつて移動される送り伝動用カム追従部とともに、第二偏心盤を取り付けること、

(3) 第二偏心盤の第一偏心盤に対する角位置を調整して送り行程を選択的に変更せしめ、第一偏心盤のカム軸に対する角位置を調整して送りを進める条件を選択的に変更すべくすること、

(4) カムの角変位量の増加分に対する送り変位量の増加分の比を選択的に変化する条件に従い運動の進行に伴なつて漸減し得るようにすること、

(5) 工作機械の工具台および機械の同様の移動部に単一方向の可変的送りを与えるカム装置であること

であることが認められる。

(三) 本件特許発明の実質を右(二)記載のように解することは誤りである旨の被告の主張は、いずれも理由がない。すなわち、

(1) 被告は、二重偏心装置の有する作用のうち送り変位量が漸減的に増加する部分を工作機械の工具支持器等に可変的送りを与えるために使用すること自体は、全く抽象的な原理的構想であり、何ら発明目的達成のための技術的手段を構成明示するものでない旨主張するが、本件発明は、特許法により保護されるに値する具体的な技術的思想であるということができる。

(2) 前掲本件特許公報の発明の詳細なる説明欄中、本件特許装置の公知例に対する利点についての記載は、措辞必らずしも明確でないが、要するに、本件特許装置は、機械の移動部分に可変的送り(特に切り込み送り)を与える従来のカム装置に比し、カム軸と駆動関係にある機械の移動部分の移動範囲及び位相を偏心盤相互及びカム軸に対する偏心盤の角位置を適当に調整することにより選択的に変更することができ、また、偏心盤の一部回転を利用して追従部の全送り運動をなしうるという利点を有することを意味し、被告が主張するように、総合偏心量を零から極大にまで調整しうること、換言すれば、二つの偏心盤が同一の偏心距離を有することが本件特許発明の特徴であるとの趣旨ではない。

また、同一偏心距離を有する一対の偏心盤より成ることが本件特許発明の構成に欠くことのできない事項であるとの被告の主張も理由がないものといわざるをえない。すなわち、

(1) 本件特許発明の明細書及び図面は同一偏心距離を有する一対の偏心盤より成るカム装置のみを記載し、偏心距離の異なるものについては全く言及していないが、他方、偏心距離が同一でなければならない旨及び偏心距離が同一であることによる作用効果についても全く記載がないから、明細書及び図面が言及していないとの一事を理由に、出願人が同一偏心距離以外のものについては特許権を要求する意図がなかつたものと解することはできない。鑑定人(省略)の鑑定の結果中これに反する部分は当裁判所のにわかに賛同しえないところである。

(2) 鑑定人(省略)の鑑定の結果によれば、同一偏心距離を有する一対の偏心盤より成るカム装置は、そうでないカム装置に比し、総合偏心量を零にまで近接調整することができ、また、漸減切込作用をなすカム回転角の有効作動範囲がより大であるという点においてすぐれた作用効果を有することが認められる。しかし、前認定の本件特許発明の実質に、二重偏心カム装置において二つの偏心盤の偏心距離を同一にすることは零又はそれに近い総合偏心量を得るために本件特許出願前から一般に用いられている常套手段であること(このことは鑑定人((省略))の鑑定の結果により認められる。)を合わせ考えれば、本件特許発明においては偏心距離を同一にするか否かは設計上の微差の範囲を出ないものと解されるから、右作用効果上の差異を理由に、同一偏心距離を有することが本件特許発明の構成に欠くことのできない事項であるということもできない。

(3) 被告は、本件特許発明は出願前既に公知であつたから、その技術的範囲を定めるに当つては厳格な意味において特許請求の範囲の記載によるべきである旨主張するが、本件特許発明が出願前既に公知であつたことを認めるに足る証拠は全くないから、右主張は、その前提を欠き、理由がないものといわざるをえない。

また、前記特許請求の範囲の記載中には「90°以下の角度丈カム軸によりて回転され(中略)カム装置に於て」との記載があるが、これは、本件特許発明が二重偏心カムの回転運動のうち「カムの角変位量の増加分に対する送り変位量の増加分の比が運動の進行に伴なつて漸減する」部分を使用することを主張とし、かかる特性を有する部分が90°以下であることから、記載されたに止まり、仮にカム軸により90°以上回転されうるカム装置であつても、前記特性を有する部分を使用しうるように構成されていれば、本件特許発明を利用するものといいうるから、カム軸により90°以下の角度だけ回転されることが本件特許発明の構成に欠くことのできない事項であるということはできない。(中略)

五、差止及び廃棄請求

(一) 被告が現在業として別紙目録(一)記載の漸減切込装置を備える「KM―5型高速自動ねじ切機」を生産し、譲渡し又は譲渡のために展示していることは当事者間に争いがないところ、右物件が本件特許発明の技術的に範囲に属することは前判示のとおりであるから、クリ・ダン社は被告に対し本件特許権に基づき右行為の差止を請求する権利を有するものということができる。

しかしながら、被告が現在その肩書地所在の工場において右物件を所有占有している事実はこれを認めるに足る証拠はないから、クリ・ダン社は被告に対し本件特許権に基づきその廃棄を請求することはできないものといわなければならない。

(二) しかして、原告は、クリ・ダン社に対し、前判示のとおり本件特許発明を独占排他的、かつ、全面的実施に積極的に協力すべきことを請求する債権を有し、したがあつて、原告は、右債権を保全するため債務者クリ・ダン社に代位してクリ・ダン社が被告に対して有する右(一)記載の差止請求権を行使しうるものと解すべきであるから、原告の被告に対する前記行為の差止請求はその理由があるものということができるが、前記物件の廃棄請求は、その前提事実を欠き、失当といわなければならない。

六 損害賠償請求

(一) (省略)

(二) 原告は、右(一)記載の被告の行為がなかつたならば、原告において、当然これと同数のクリ・ダンE型機を販売しえた旨主張する。しかし、(証拠―省略)を総合すれば、

(1) 被告の顧客の大部分を占める中小企業は設備機械を購入する際、ランニングコストよりもイニシヤルコストの大小を重視する傾向を有するところ、クリ・ダンE型機の販売価額が金一千四十万円であるに対し、KM―5型機のそれは金五百万円乃至金八百五十円にすぎないこと、

(2) 工作機械の漸減切込装置には本件特許発明のほかに単カム方式、ラチエツト方式、油圧方式、手動方式等があり、本件特許発明を実施しなくとも、高速自動ねじ切機を製造することは可能であること、

(3) KM―5型機の漸減切込装置として本件特許発明以外のもの、たとえば単カム方式を採用した場合、KM―5型機は、ねじの種類が変るごとにカムを取り換えなければならず、それに多大の手間と時間を要する点で、クリ・ダンE型機に劣るが、次の点ではクリ・ダンE型機にないものをもつていること、

(イ) クリ・ダンE型機には非可逆的要素がないが、KM―5型機にはこれがあるため、切削反力の水平分力を送り込み螺子の推進軸受が受け止めることができるので、切削力の変動による切り込み精度の低下は極めて少なく、かつ、重切削に堪えうること、

(ロ) 長手送り装置として、クリ・ダンE型機は単なるリードカム方式(カムの端面を利用して送りを与える方式)を採用している結果、長手送りの内容を変更するにはリードカムを取り換える必要があるに対し、KM―5型機は登録第四四五、四〇六号実用新案にかかるリード溝カム方式を採用している結果、リードカムを一々取り換える必要がないこと、

したがつて、ねじ切機全体の評価としては、多種類のねじを少量生産するにはクリ・ダンE型機の方がすぐれた性能を発揮するが、少種類のねじを大量生産するにはKM―5型機(漸減切込装置として本件特許発明以外のものを採用したもの)の方がすぐれていることが認められ、(中略)これらの事実によれば、仮に被告がKM―5型機に別紙目録(一)記載の漸減切込装置を装備して本件特許侵害の挙にでなかつたとしても、原告においてこれと同数のクリ・ダンE型機を販売しえたであろうと断定することはできず、さればとて、原告においてどの程度の数量の販売が前記(一)記載の被告の行為によつて妨害されたかということも明らかではなく、しかも、右の点については他にこれを確認するに足る証拠はないから、結局、原告の前記主張はこれを採用することができないものといわなければならない。 (三宅正雄 太田夏生)

(注) 本件特許発明の名称―「工作機械の工具支持器及機械の同様の移動部に可変的送りを与えるカム装置の改良」特許請求の範囲―「本文に詳記し且図面に示す如く90°以下の角度丈カム軸によりて回転され移動部に単一方向の送り運動を与えるカム装置に於てカムの角変位量の増加分に対する送り変位量の増加分の比を選択的に変化する条件に従ひ運動の進行に伴ひて漸減し其送り行程は独立して選択し得る如くし該カム装置は同一偏心距離を有する一対の偏心盤より成り其第1カムはカム軸上に又第2はカム軸心を通ずる直線に沿ひ第2偏心盤によりて移動される送り伝動用カム追従部と共に第1カム上に取着けられ第2偏心盤の第1に対する角位置を調整して送り行程を選択的に変更せしめ第1偏心盤のカム軸に対する角位置を調整して送りを進める条件を選択的に変更すべくせる事を特徴とする工作機械の工具台及機械の同様の移動部に可変的送りを与ふるカム装置」(附記省略)

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